東京高等裁判所 昭和35年(う)1917号 判決 1960年12月21日
控訴人 被告人 神戸工業株式会社 外一名
弁護人 河本喜与之
検察官 子原一夫
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
弁護人河本喜与之の控訴理由は、末尾添付の同人作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これに対して左のとおり判断する。
およそ、外国為替及び外国貿易管理法(以下単に法という)第六条第一項第七号に、「支払手段」とは、銀行券、政府紙幣、小額紙幣、硬貨、小切手、為替手形、郵便為替、信用状その他の支払指図をいう、とある「支払指図」中には、約束手形が含まれるものと解すべきであつて、このことは約束手形が当然の指図証券性を具備するものであり、手形法第七七条第一項第一号により為替手形についての裏書の規定が約束手形に準用されることによつても明らかなところである。これが法にいう「支払手段」中に例示されていないゆえんのものは、外国為替、外国貿易及びその他の対外取引における支払手段としては約束手形を使用される事例があまり多くないことによるものであつて、法がとくにこれを「支払手段」の列記から除外して支払手段と認めない趣旨とする所論は独自の見解というの外なく採用できない。さらに所論の本件約束手形五通については、被告人田坂久良並びに原審証人石川悦二及び同山田金五郎の各原審公判廷における供述記載によつても原判決説示のごとく、これらの手形はすべて山田貿易又は石川トレイデングから法にいわゆる「非居住者」である陳茂榜に手交した後更に同人から被告会社に対し輸出代金の一部として手交されたものであることは明白であつて、よしや右各手形の名宛が「非居住者」である陳茂榜ではなく被告会社となつていたとしても、右は所論のように振出人らが右陳のための第三者弁済として作成して被告会社に交付したものではなく、振出人らが陳の代表する原判示公司に対する債務弁済につき同人の希望により被告会社宛の約束手形を作成して陳に手交し、同人はこれを右公司の被告会社に対する輸出代金支払のため被告人田坂に手交したものと認められるが故に、ひつきよう被告会社において「非居住者たる陳からの支払の受領」をしたものというべきであり、この点の原判決の認定に誤あるとみるべき跡はなく、これを法第二七条第一項第二号違反の罪に問擬した原判決はまさにその所であつて、その所為が右法条に該当しないとする所論に賛同することはできない。さらに量刑不当の所論にかんがみ、原判決科刑の当否を検討してみても、本件犯行の罪質受領した金額などよりみて被告会社に対する罰金四十万円、被告人田坂に対する同五万円の各量刑たるや所論のごとき有利な各事情をしんしやくしてなされたものとみられ、けつして重きに過ぎる不当なものとは認められないが故に、更にこれが軽減を求める所論は採用するに由ないものである。
かくして論旨はすべて理由がないので刑事訴訟法第三九六条に則つて本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 尾後貫荘太郎 判事 堀真道 判事 堀義次)
弁護人河本喜与之の控訴趣意
一、本件違反事実中、被告人神戸工業株式会社が山田貿易株式会社及び石川トレーデイングコンパニー振出の約束手形合計三百十六万百八十四円を受取つた点は無罪であると信ずる。その理由は、
(1) 手形行為は振出人から受取人に対する行為とみるべきであつて事実上手形が何人の手を経て受取人に交付せられたかは法律上問題とならない筈である。本件で山田貿易又は石川トレーデイングが神戸工業宛に手形を振出しそれを決済した(落した)以上、それはあくまで山田貿易又は石川トレーデイングから神戸工業に支払がなされたとみるのが当然である。すなわち、神戸工業としては山田貿易又は石川トレーデイングから支払をうけたとみるべきであつて、非居住者たる陳茂榜ないし陳阿財から支払をうけたのではないのである。これを実質的にみれば、山田貿易又は石川トレーデイングは陳茂榜に対し手数料支払の債務を負担して居り、陳茂榜は神戸工業に代金支払債務を負担して居るところから、山田貿易又は石川トレーデイングが神戸工業に支払をなすことにより両者の債務関係を決済したのであるが、これは法律的にみれば、第三者の弁済とみるべきで、神戸工業に対する弁済はあくまで山田貿易又は石川トレーデイングがなしたものであつて、神戸工業としては陳茂榜から支払をうけたことにはならないのである。いいかえれば、神戸工業は非居住者から支払の受領をしたことにはならない、すなわちこの山田貿易又は石川トレーデイングから受取つた約束手形に関する部分は法二七条一項二号に当らないのである。
(2) 仮りにそうでないとしても、約束手形は法六条七号の「支払手段」に当らない。原判決は約束手形は同条の「その他の支払指図」に当るというけれど、同条が支払手段として銀行券、政府紙幣、硬貨、小切手、為替手形等を列記しながら特に約束手形を除外したことは、約束手形を支払手段とみとめない趣旨としか考えられない。小切手、為替手形を並べながら、経済界において最も頻繁に流通使用せられている約束手形を削くということは、これを支払手段から除外するという意味に解すべきで、これを「その他の支払指図」の中につつ込むということは立法技術の上から到底考えられないことである。従つて、約束手形を受取つたことは法違反に当らないと思料する。
(その他の控訴趣意は省略する。)